深く考える4年間を一橋大学で過ごす  株式会社フジテレビジョン 崔隽さん

2014/06/03

「Bridging the World」では、世界に羽ばたく商学部卒業生の「今」と「これから」をお伝えします。今回ご登場いただく方は、株式会社フジテレビジョンで活躍する崔隽さんです。

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祖父が日本人だったこともあり、中国で高校を卒業したら日本の大学に入りたいと考えていました。日本に来て2年間にわたって日本語を学びながら、色々な大学を調べ、一橋大学、とくに商学部に魅力を感じました。ですから、私の場合は、日本に来た後に志望校を決めたというわけです。
まずは大学の雰囲気を知ろうと思い、受験前に国立を訪れました。駅を降りた瞬間から、読書の薫りというのでしょうか、ここは学問をする街だという印象を強く抱いたことを覚えています。

入学式を終え、何かのオリエンテーションだったかと思いますが、学部長を務めていた伊丹敬之教授(当時)が新入生にお話をされました。その内容がとてもわかりやすく感銘を受け、まだ他の先生のことを知らないのに「この先生のゼミに入る」と決めました。また、実業界とのつながりという意味で記憶に残っているのが、若松茂美教授(当時)の競争戦略論です。この講義は、企業のケーススタディを元にレポートを書くもので、とてもやりがいがありました。
3年生からの後期ゼミは、やはり伊丹ゼミを選びました。Albert O. Hirschman教授が著した『Exit, Voice, and Loyalty』という古典の輪読では、文字通り格闘しました。難解な内容でもきちんと咀嚼して自分の言葉で分かりやすく説明するということの大切さを学んだように思います。
ゼミでは、卒業論文を出版するかたちをとっていました。私たちの学年は情報化に関する日米比較分析を行い、『情報化はなぜ遅れたか』という書籍を出しました。原稿の執筆は実に大変で、何度も徹夜したことを覚えています。論理に自信が持てない部分はやはり見抜かれてしまうもので、厳しく指摘されたこともあります。原稿が認められて受理されたときは心の底から安堵しました。実は願掛けにダルマを自宅に置いていたのですが、目玉を描き入れることができて本当に良かったです。

sai_2-225x300.jpg もともと報道志望でしたから、テレビ局に就職できたことは、とてもありがたいことでした。最初の配属先は報道です。人生初の中継リポートは、思い返せば散々な出来映えでしたが、今では良い思い出です。視聴者にどうわかりやすく伝えるか、という点は、要点を端的に伝えるという意味で大学時代のゼミ活動に通ずるところがあるのかもしれません。報道の部署にいた頃は、24時間365日どのような状況にも対応できるように気を張って過ごしていました。
今は国際局という部署にいます。フジテレビの番組を国際的な賞に応募するための業務や、国際共同番組の制作に向けた交渉などを受け持っています。中国語や英語、そして日本語を使いながら交渉を進めることはとても面白いですね。自分が必要とされている、自分にしかできない仕事をしている、といったことを実感する機会が多いので、やりがいがあります。

在学生の皆さんには、とにかくできるだけ多くのことを経験して欲しいと思います。とくに海外での経験を積むことを勧めたいです。どこかの国を選び、少なくとも1ヶ月は現地で過ごす機会を作ると良いでしょう。何かのツアーに参加するのではなく、自らの責任で計画して色々と調整し、その国にどっぷりと浸って下さい。月単位で自分の好きな時間を過ごせる機会は学生時代ならではだと思いますので、是非その好機を活かして欲しいです。

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sai_3-300x225.jpg 崔 隽さん(岡本 詩由さん)

2000年3月に一橋大学商学部を卒業し、同年4月に株式会社フジテレビジョン入社。2014年5月現在、国際局国際センター国際部にて勤務されています。

(2014年6月3日)