第61回「日経・経済図書文化賞」を受賞 河内山拓磨講師

2018/11/26

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 経営管理研究科 河内山拓磨講師の著書『財務制限条項の実態・影響・役割―
債務契約における会計情報の活用―』(中村亮介 筑波大学准教授との共著)(中央経済社/2018年3月刊行)が、日本経済新聞社と日本経済研究センター共催の第61回「日経・経済図書文化賞」を受賞しました。
 本賞は、2017年7月1日から2018年6月30日(外国語著書は2017年1月~12月)の間に出版された日本語又は日本人による外国語で書かれた経済図書を対象に、特に優れた図書に贈られたものです。

受賞作の内容を教えて頂けますか。

20181126kochiyama.jpg 本書は、債務契約に付される財務制限条項という「約束事」に注目したものです。資金を融資する際、銀行をはじめとする貸し手は債権の安全性を確保するために様々な工夫を凝らしますが、なかでも借り手企業が作成・公表する財務諸表や会計数値に依拠した約束事が財務制限条項です。たとえば、「経常利益を赤字にしてはいけない」などが典型例です。
 約束事を確実なものとするためには、これを破った際の「罰」を決めておくことが得策です。財務制限条項の文脈では、一般に「貸出資金の一括返済」が罰として明記されます。しかし、これに違反した事例を実際に調べていくと、「罰」が猶予されるケースが多く、「お咎めなし」のように見える事例が大半でした。それでは、罰のない約束事に意味はあるのでしょうか。本書は、こうしたシンプルな疑問に対する答えを模索したものです。
 本書の特徴は、大きく2つあると考えています。ひとつは、財務制限条項に関するデータベースを構築し、その包括的なピクチャーを提示したことです。財務制限条項は米国を中心に研究が進展してきましたが、こと日本を見ると先行研究はほとんどありません。その大きな理由はデータベースの欠如です。日本では有価証券報告書などの公表資料から契約内容に関する記述を手作業でひとつひとつ収集する必要があり、また、企業ごとに開示内容の形式・量・質が異なるため丁寧にテキスト情報と向き合うことが求められます。本書では約2800件ものデータを収集し、その実態を解明することに努めました。
 いまひとつは、分析対象および得られる示唆の学際性という点です。財務制限条項は、資金調達に関することからファイナンス、会計数値に依拠することから会計学、また、債権者保護を企図するものなので会社法学、といった具合に学問領域の垣根を越えて検討されてきました。本書でも単一の視点に立つのではなく、可能な限り、複数の学問領域における議論に立脚しながら分析することを心がけました。財務制限条項の実態や利用状況のみならず、これが企業行動や会計行動に及ぼす影響、さらには、当該情報を開示することの効果などにも目を配り、多角的に検討しています。
 多くの人にとって財務制限条項は聞いたことのないマニアックなものだと思います。しかし、日本企業の多くが銀行借入に依存していること、また、日本の銀行業が転換点を迎えていることを踏まえると、その戦略的な活用は邦銀の新たなリスクテイク手法あるいは与信管理方法になるものと考えています。

今後に向けた抱負を聞かせて下さい。

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河内山拓磨講師:左から3番目
(日本経済研究センター提供)

 本書を執筆していて強く感じたことのひとつに、「泥臭さ」の大事さがあります。商業用データベースが広く普及し、統計ソフトやプログラミングによってデータの収集・処理が容易になってきていますが、案外、こうした「格好の良い近道」は経済・社会事象を理解するうえでは遠回りになるのではないか、と感じました。
 会計数値という世の中に遍在する情報がどのように活用されているか、また、どのような影響をもたらすかについて今後も泥臭く検討していく予定です。本書では、財務制限条項というフィルターを通じて会計情報の利用方法を解明しましたが、たとえば、融資判断においてどのような項目・指標がカギとなるのか、財務諸表は修正のうえ利用されるのか、債権者が持つ潜在的な情報ニーズは何であるのか、などの問いについては上手く答えることができていません。
「格好の良い近道」の誘惑に負けることなく、引き続き、会計情報が独自に持つ社会的・経済的意義について地道に解明していきたいと思います。


受 賞 名 :日経・経済図書文化賞
表彰団体:日本経済新聞社、日本経済研究センター
受 賞 日 :2018年 11月 3日
受賞場所:日本経済新聞社本社
(表 彰 式:2018年11月9日)