ファルス株式会社代表取締役 髙橋伸彰さん

学生ベンチャーを振り出しに連続起業、人の縁に支えられて

2022/03/14

連載シリーズ「活躍する卒業生」では、一橋大学商学部を卒業した先輩に、大学時代の思い出や現在のお仕事、在学生へのメッセージなどを伺います。

今回は、一橋大学商学部時代から起業に携わり、卒業後にはフィル・カンパニー株式会社を共同創業して上場へと導き、現在はファルス株式会社代表として活躍されている髙橋伸彰さんにご登場いただきます。

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◆なぜ一橋大学の商学部を選ばれたのでしょうか。

中学・高校は奈良県の西大和学園です。一橋を選んだのは、何よりまず東京に行きたかったから。商学部を選んだのは、『古代への情熱』の著者・シュリーマンへの憧れがきっかけです。シュリーマンのように自分で商社をつくってお金を稼いで、いずれは遺跡を発掘したいという漠然とした夢がありました。それで一橋の商学部に進むことにしました。

高校までは柔道一色でしたが、大学入学後は視野を広げたいと思い、小平祭実行委員会、AIESEC(アイセック)、ラグビー同好会などに入りました。1年の冬からは、バックパッカーとしてアメリカ、イギリス、東南アジアなど世界各国を旅するようにもなりました。それにより、学内外・国内外に知り合いが増え、視野も広がったのですが、確固とした柱がないと悩み始め始めまして。そこで、まずはビジネスの根幹である会計を学ぼうと、3年時に管理会計の廣本敏郎先生のゼミに入り、ゼミ幹も務めました。

3年の時はゼミの勉強を一生懸命やり、4年時は会計士の勉強に専念するために1年休学しました。ところが、予想もしなかった展開になります。3年の終わり頃に「BISINESS CONTEST KING」というビジネスコンテストに参加したゼミの友人に誘われて、同じゼミの三人で起業することにしたのです。ちょうど、ネットベンチャーの勃興期で、渋谷のビットバレーが盛り上がっていた頃です。

◆当時はまだ学生起業する人は少なかったのではないですか。

はい。一つ上の代に、ホライズン・デジタル・エンタープライズ(現・HENNGE株式会社)を創業した小椋一宏さんがいらしたくらいでしょうか。

我々が起業した会社は、管理会計のゼミで学んだことをもとに「倒産防止ソフト」を開発して売るビジネスモデルでした。倒産が原因で自殺してしまう中小企業経営者が後を絶たないと聞き、それを未然に防止できればと考えたのです。起業後は、大学5年の夏まで1年半近く悪戦苦闘しましたが、顧客を見つけるのに苦労して、結果的にこのベンチャーは清算することになります。公認会計士試験にも落ちてしまいました。山にこもって身の振り方を考えまして、秋から就職活動し、通年採用していたオリックス株式会社に採用していただきました。

学生ベンチャーはうまくいきませんでしたが、お金を稼ぐ大変さが身に染みてわかりました。ビジネスの楽しさと怖さを生で感じられたのが得難い経験だったと思います。ただ、それが刺激的すぎて、2001年に会社に入った瞬間に違和感を感じてしまった。すでに、大企業で働けない人間になっていたのです。ベンチャー起業の前にも、海外で仕入れた衣料や雑貨を売るビジネスを手掛けたりしていました。そうした生身の経験と、大企業同士のビジネスの、金額は大きいけれども"他人事"的な感じとのギャップに耐えられなくなってしまいまして。それで、就職して1年弱の2002年1月に退社してしまいました。

◆その後、髙橋さんは2005年にフィル・カンパニーを創業されています。そこまでの歩みは順調だったのでしょうか。

退職後は国立に安いアパートを借り、平日は図書館で米国会計士試験の勉強をし、土日は海外から個人輸入した雑貨や衣類をフリーマーケットで売る生活を2年ぐらい続けました。それまで家庭、学校、会社など何かに所属して生きてきましたが、この時に初めて、全てのしがらみから外れて一人で生きることになりました。ゼロスタートであり、これが第二の人生の始まりです。「なんで自分は生きているんだろう」とか「社会保険って何だろう」「税金って何だろう」などと、初めて物事を根源的に考えるようになりました。辛かった半面、自分と徹底的に向き合うことができた、人生を変えた2年間だったと思います。

その後、会計事務所への勤務を経て、ベンチャー支援のコンサルティング会社を立ち上げます。会計事務所の業務としてベンチャー立ち上げや海外企業の日本法人設立を経験し、それだったら独立して自らやってみようかと。学生起業に失敗した経験もありましたから、ベンチャーサポートの重要性が痛いほどわかっていました。

そのベンチャー支援会社に、ひとつの案件が持ち込まれました。のちにフィル・カンパニーを共同創業することになる松村方生さんが、ある企業から、駐車場の上の空間を利用して店舗を作るプロジェクトを委託され、私に声をかけてきたのです。結果的に、そのプロジェクトは中止になったのですが、私自身が"空中店舗"というアイデアにのめり込んでしまいました。実は、海外から仕入れた品を自ら売っていた際に、売り場にはいつも困っていた。その頃もまだ在庫をかかえていて、店を出せれば自分にとっても都合がいいなと思ったのです。

こうして、2005年6月にフィル・カンパニーを共同創業しました。資本金は1万円です。二人とも27歳でした。1万円では運転資金にもなりませんから、すぐに100万円に増資して、「3カ月でこの100万円がなくなったらやめよう」と。実際、100万円はたちまち尽きてしまいました。ただ私は、ここでやれるところまでやらないと納得できない、次に進めないと思って、自分のベンチャー支援会社の資金や人脈も全てフィル・カンパニーに投入し、本気でやり始めました。やがて1軒目の店舗用の土地を貸してくれるお客さんが見つかり、それをきっかけに少しずつ事業として回り始めたのです。

◆2016年11月にフィル・カンパニーは東京証券取引所マザーズに上場、2019年12月には東証一部への上場を果たされます。上場は最初から意識されていたのでしょうか。

2007年初頭にベンチャーキャピタルから資金調達をしましたが、その後は銀行からの借り入れなどがうまくいかず、事業を大きくできないどころか、運転資金にも困る有り様です。キャッシュフローは常にギリギリで、上場しないと資金調達ができなかった、というのが上場を目指した最大の理由です。

2016年のマザーズ上場前に株主が80名以上いて、彼らへの責任を果たさねばという思いがありましたが、上場後にはバトンタッチしようと心に決めていました。会社を大きくしていくフェーズでは、自分ではなく、別の人に託したほうがいいとの思いからです。2016年11月に東証で上場の鐘を鳴らした翌日には、海外に旅立っていました(笑)。代表取締役を退任したのは2017年の2月です。その後、2018年2月には取締役も退任しました。

◆現在のファルス株式会社を創業されたのは、どのような思いからでしょうか。

カンボジアのオフィス
カンボジアのオフィス

実は2016年のマザーズ上場の前に、何度も上場の話が潰れています。そうした折に、一度頭を冷やそうと思って、バックパッカーで旅に出たことがあります。上場に際しての主幹事証券からのダメ出しや、銀行からの融資拒否を経験し、社会のために良いことをしている所にきちんとお金が流れていく仕組みを作らないといけない、という問題意識が大きくなりました。

この時の旅で、カンボジアでは銀行をゼロから作れるという話を聞き、カンボジアを起点にすれば、新しい金融の仕組みを作れるかもしれないと思い描くようになります。フィル・カンパニーの取締役を退いた後は、南米やアフリカなども訪れました。世界を旅しながら、自分が今後、どんな世の中で生きていきたいのか、とか、未来はどこにあるんだろうといったことを、ずっと考え続けていました。再度のゼロスタートで、ここからが第三の人生の始まりです。

フィル・カンパニーの東証一部上場を見届けたのちの2020年2月に、ファルス株式会社を創業しました。ファルスではカンボジアのほか、現在までにラオス、ミャンマー、ケニア、マレーシアで事業を展開しはじめています。ファルスでは、金融とテクノロジーを活用した新興国での事業創出と、日本の社会課題解決(成長力不足解消など)を同時実現することを目指しています。

新興国にいると元気になります。極端に言えば、モノはあっても未来がないのが先進国で、モノはなくても未来があるのが新興国。新興国の人たちはみな、未来は今よりも楽しいはずだと信じているので、明るいしエネルギーがあります。

◆まさに連続起業家(シリアル・アントレプレナー)として歩んでこられたのだと思いますが、その経験に、一橋で得たことで最も役立っているのはどのようなことでしょうか。

一番役立っているのは、「人の縁」です。たとえば、フィル・カンパニーで現在も常勤監査役を務めているのはゼミで同期だった女性ですが、上場前の大変な時から、損得なく応援してくれました。学生時代の仲間は、メリット、デメリットで考えないところがある。無条件の信頼関係がずっと生き続けていて、それが私にとって何よりの財産です。

ベンチャー支援の会社をつくった時も、学生時代の仲間やそのご家族に事業面でサポートしてもらったり出資してもらったりしました。節目節目で一橋の縁に助けられたからこそ、ここまでやってこられたのだと思います。

AIESECなどで知り合った他大学の仲間とも、いまだにつながっていて、一緒に事業をしたりしています。9カ月しかいなかったオリックスの方たちとのご縁や、その後に務めた会計事務所の方たちとのご縁も、今日に至るまでフル活用させてもらっています。

◆最後に、後輩たちへのメッセージをお願いします。

私はビジネスが大好きなんですね。ビジネスはお金儲けというよりも、"関わる人たちを合理的に幸せにできる仕組み"だと思っています。モノを売る側も買う側も幸せになる。幸せをどんどんふくらませ、みんなを幸せにできる素晴らしい仕組みだと思います。これは、自分で動いて回してみないとわからない部分があるので、せっかく一橋に入ったのであれば、とりあえずみんな、1回はビジネスをやってみたほうがいい。その機会がなかった場合も、 "自分の人生を経営する"という感覚は持ってほしいと思います。生きている実感を持てるし、そのほうが絶対に楽しい人生になると保証できます。

髙橋伸彰さん

髙橋伸彰さん
ファルス株式会社代表取締役。1977年生まれ。2001年に一橋大学商学部を卒業し、オリックス株式会社に入社。2005年6月に株式会社フィル・カンパニーを共同創業。2016年11月に同社を東証マザーズに上場させる。2017年2月に代表取締役を退任、2018年2月には取締役も退任。2020年2月にファルス株式会社(https://phals.jp/)を創業、カンボジアの農業系金融ビジネスを中心に、新興国で金融とテクノロジーを活用した社会課題解決に挑戦中。