「消費者行動」講義・ゲスト講師・味の素フーズノースアメリカCEO&President下保寛氏 「Selling Japanese Food in the World - Gyoza and Beyond」

2024/06/12

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「消費者行動」は基礎科目として多くの学生が履修

商学部の講義「消費者行動」(担当教員・松井剛教授)では、5月17日、味の素フーズノースアメリカCEO&President・下保寛氏をゲスト講師としてお招きし、「Selling Japanese Food in the World - Gyoza and Beyond」と題した講義が行われました。「消費者行動」の講義は、日々の消費行動がどのようなメカニズムで生じているのかを考えるきっかけを提供することを狙いとしており、今回は実務家からその経験に基づく経営の考え方について伺いました。

下保氏は、味の素グループにおいて主にマーケティングを担当されるとともに、香港やフランスの海外法人においてマネジメントを経験され、現在は味の素フーズノースアメリカのCEO&Presidentを務めておられます。講義では、これまでのご経験に基づき、国や文化の違いによるマネジメントや消費者行動の違い、マーケティングという仕事の魅力について語られました。下保氏は、本学の卒業生(社会学部卒)であり、後輩に向けた激励のメッセージを込めた講義となりました。


味の素の発展モデルと戦略

味の素は、1908年に創業し、「Eat well, Live well」をコーポレートメッセージとして、さまざまな事業に取り組んでいます。図1に示すように、左下の調味料から始まった製品ポートフォリオは右へ行くほど加工度が高い製品へと広がってきています。加工度は経済力に関係しており、経済発展が進むほど食事の準備に時間をかけずに簡便に食べられるものを求めるようになり、中でも最も加工度が高いのが冷凍食品です。

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図1:味の素の事業発展モデル

国や文化の違い-大切なのはリスペクト

私は、日本の他、アジア・欧州・米国で勤務してきましたので、ここからは人的マネジメントやビジネスについて地域別に比較してお話しします。

意思決定やコミュニケーションについて、米国と中国は似ており論理的・合理的です。日本は明確に表現されていないことが多く、察することが重要となっています。一方で、日本は相手へのリスペクトが強く、その点は海外からも評価されています。フランス人はエモーショナルな面が強いという特徴があります。コラボレーションは日本が圧倒的にやりやすく、しかし変化への対応については逆で、日本や欧州は難しく、米国や中国は進めやすい面があります。規律に関しては、日本人が最もルールに忠実です。

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図2:国や文化の違い

消費者像を比較してみると、フランスでは日本食への関心度が強く、プレミアム価格を支払う意向も他地域に比べて高い傾向にあります。米国は市場規模が大きく、グローバルに見るとやはり欧米が有望なマーケットと考えられます。餃子については欧州で興味深い傾向が見られ、フランス、イタリア、スペインではチキン餃子が売れ、ドイツ、スウェーデン、オランダ、イギリスは、ベジタブル餃子がよく売れます。これは、「美味しいもの」か、「体に良いもの」か、つまり気持ちが優先かロジカルな理屈が優先かという文化の違いによるものと思われます。

味の素にとっての顧客であるスーパーマーケットについて見てみると、日本の流通は共通のゴールに向かって協力関係が築きやすいと言えます。他方、中国は、市場サイズが大きく、世界中の企業が参入するとともに地元企業も強いので、極めて競争が厳しいマーケットです。

このように、国や地域によりさまざまな違いがありますが、そこで重要なことはリスペクトです。異文化を否定せず、その歴史や文化をよく勉強することが大切です。また、経営者としては、どこまでを現地に任せるのかということに留意する必要があります。例えば、戦略立案は味の素の事業の要諦である生活者起点を外さないよう本社がグリップする一方、オペレーションの実行は現地に任せる方が有効な場合が多いと思います。

マーケティングという仕事の魅力

私は、これまでのキャリアの中でマーケティング分野を自分のコア機能として歩んできました。 マーケティングと事業戦略、この二つは実はオーバーラップしており、事業戦略を貫く重要な柱がマーケティング戦略です。私は以前、日本の本社でグローバルM&A戦略の責任者も務めていましたが、買収先の企業を評価する際にも、投資銀行からの勧め以上に生活者起点を重視し、その企業の製品を自分の目や口で試してみて判断していました。

この30年でマーケティングの手法は、以前とは大きく変わりました。90年代初め頃は、マーケティングサイエンスという統計データを使った消費動向分析が主流で、新商品の発売前には大規模な調査を行っていました。例えば、実際のスーパーと同じ売場を作り、何百人もの調査対象者に新商品のTVコマーシャルを見せた上で、一定額のチケットを渡してその仮想売場で好きなものを買ってもらい、新商品へのパーセプションと購買行動の関係を分析していました。しかし、現在はデジタルマーケティングの時代となり、一人ひとりのお客様と繋がるようになりました。また、ECマーケットで少量を売ってみるといったトライ&エラーがやりやすくなったので、事前の大規模調査よりも、小規模で売りながら改善していく形に変わりました。

人々の最大公約数的なニーズを捉える定量解析に比べ、デジタルマーケティングでは狭いけれど深いニーズを探し出すことができます。私自身は今の方が面白いと感じています。例えば、「冷凍食品は買わない」という人は一定層いますが、その理由をよく見てみると、「簡便食品を使うのは良くない」「自分で作った方が美味しい」「冷凍食品には何が入っているか分からない」などさまざまです。それぞれに応じて、品質や安全性、栄養、おいしさ、或いは企業姿勢といった情報を丁寧に伝えることでより効果的なコミュニケーションが可能となるからです。

味の素では、常にマーケティングが経営の中心にあります。これは、経営戦略・事業戦略の中核に生活者があるからです。また、味の素のマーケターには、4P(製品・価格・流通・プロモーション)のマネジメントに留まらず、事業採算やバリューチェーンまで俯瞰することが求められています。

キャリア開発としては、マーケティングを自身の武器の一つとして経営者を目指すか、マーケティングを究めてそのプロとして経営者を目指すか、二つのパスがあると思います。いずれにしても、BtoCの事業においては、生活者起点をバックボーンとして経営にあたることが大切と考えています。

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図3:生活者が中心にある経営

学生へのメッセージ

一橋大学の学生には、世界にチャレンジしてほしいと思います。異なる文化の人たちと同じチームで色々な仕事をするのはとても楽しいし、家族も一緒に行けば世界中に友達が増えます。また、マーケティングを志すのであれば、異文化での生活者の視点を持つことで、さらに人生が豊かになると思います。ぜひ、チャレンジしてみてください。
 

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下保寛氏

1988年本学社会学部卒。同年、味の素株式会社入社。営業、マーケティング業務を担当し、その間にカリフォルニア大学ロサンゼルス校に会社派遣として留学・MBAを取得。2006年に香港のグループ企業の会長職に就任。2011年に帰国し、グローバルM&A戦略の責任者に着任。2015年より欧州アフリカ地域の統括会社(フランス)の食品戦略担当副社長、2018年より味の素冷凍食品株式会社(日本)において、Sales, Marketing and R&Dを統括する専務取締役マーケティング本部長を務める。2022年より味の素フーズノースアメリカのCEO&Presidentを務められ、現在に至る。