企業価値経営論(株式会社アバントグループ寄附講義)

2024/07/31

この講義の狙いは、近年、重要性が増している企業価値経営について、事業価値、事業ポートフォリオ、投資家との対話、人的投資経営、M&A等にフォーカスをあて、その実践に向けての取り組みに関する最新の潮流を学び、企業価値創造にあたって企業が兼ね備えておくべき要件や役割を深く考えるものです。最初に中野誠教授(経営管理研究科)による企業価値に関する基礎的な枠組みを学び、その後、客員教授を務める株式会社アバントグループCEOの森川徹治氏による起業経験・IPO経験、現代の企業経営における企業価値の意義・捉え方を学びました。今回、講義を担当された森川徹治氏に企業価値の創造や一橋で教えることの意義について話を伺いましたので、講義の様子とともにご紹介いたします。


値決めの力を根底に持ちながら、長期にわたって価値を高めることが必要

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初回の講義では、私が実学の上で企業価値経営を考える際の定義として、「会社の値決めの力」がとても重要であるということについて話をしました。ビジネスはお客様に対して何か役に立ちたいと思い、役立つ商品を作るわけですが、その商品についてお客様がいくらで買ってくれるか、という「値決め」の感覚がなかったら商売としては成り立たないわけです。的確に適正な値段を付けるという力がとても重要です。最近の日本はデフレを脱却してインフレが進行してきたという話を聞きますが、デフレというのは価値を作れていない環境だということです。コストを下げることで利益を出す、これは価値を作り出しているとは言えません。世界中が価値創造競争というものに、ものすごい勢いで入っていきましたが、日本だけがデフレで置いていかれています。価値創造をずっと怠ってきたというわけではないけれど、劣後してきてしまったことで現在の状況になっています。その起点となるのが値決めの力です。「この値段で良いのか?」「もっと高くても顧客に受け入れられるのではないか?」というように、判断できる力をつけていけばいくほど、価値は適切に作られるわけです。その際にヤマ勘だけではなく、理論に基づいた合理的な値決めをします。「値段」とは、買い手に合理性があると受け止められる価値のことでその根拠が必要です。みんなが納得できる「値段」の根拠を整理する際には、ファイナンスの理論を用います。こうした理論を理解してくると、値決めの力というのを肌感だけで培うのではなく、きちんとロジックとして習得できるようになり、ひいては企業価値の創造力が身についてきます。ですので、値決めの力を根底に持ちながら、長期にわたって価値を高めることが必要です。

経営というのは継続させていく営みなので、価値を上げていくということをやり続けていく、自分だけ儲けようとして短期的にエグジットしてしまうのは経営ではありません。長期的に経営を続けるほど誰かの役に立ちたいという思いが湧いてきます。つまり、「企業価値経営」というファイナンス的な言葉から始まっていますが、突き詰めていくと企業価値経営の下で学ぶファイナンスの理論を使いながら、会社の値決めの力というものを養っていく。それをきちんと思考のプラットフォームとして持ちながら、長期にわたって価値を作り続けていく活動をすることで、結果として人をハッピーにする経営が、「企業価値経営」だと思います。

経営とは何か

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講義の中で学生の皆さんに「経営とは何か」ということについて問いました。もちろん答えは一つではなく、各々の視点で考える経営について、さまざまなコメントをいただきました。その中で「人間の可能性を最大限に引き出して共に成果を上げること」という意見がありました。まさに経営で成果を出していくときに、今一番レバレッジがかかるところは人であり能力です。人の能力を高めるためにモチベーションを上げる、心理学や経営学の分野でも「モチベーション理論」として、さまざまな研究が進んでいるようです。人のポテンシャル自体をどう考えて、どう生かしていくかということを単に試行錯誤するのではなくフレームワークに当てはめ消化して、経営に生かしていこうという動きが大きな勢いで発達しています。今では経営にとって、その理論を身につけることが重要になってきていますが、実は人の可能性を最大限に引き出して、共に成果を出していくというのは経営の神髄であるかなと思います。だからこそ、教育というのが大変重要だと思います。世界は動いているということを理解した上で、そこに対して自分たちはどうやって生き残っていけばいいのか、自分たちの能力をどう生かしていけばいいのか、と考えるだけで将来は断然変わってくると思います。当然、大学、専門教育、MBAでの学びがとても重要な論点になってくるという気がしますね。そういう意味で、経営を支える人たちを多く輩出している一橋は、経営学を学ぶ中心をなすところだと思っています。正直なところ、私が一橋で教壇に立つことなど想像もしていなかったわけですが、やっぱりここだよなと思ったわけです。他ではない、一橋で話すことがこれからの人材育成という観点でもとても重要だと考えています。

学生の皆さんへ

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私が学生の頃は1980年代ですが、当時何を考えていたかといいますと「社会人になるとできなくなってしまうことしかやらない」というのを掲げていましたね。例えば、社会人になると関わりが持てないような人たちと会う場を探しに行ったり、その人たちがどういった考えを持って、どういう風に生きているかということに触れておかないと、本当のことを知らないままで社会人になってしまうのではないかと思っていました。学生の身分を使って、いろいろな世界を見てきました。たまに大学に行くと「おおー来たのか」と声をかけられていました。そういう時代でしたね。学生時代は自由にいろいろな経験をしたので、社会人になったら切り替えようと心に決めていました。社会に出たら自分の能力を「磨く」ことを徹底的にやるスタンスでいましたし、30歳ぐらいで起業すると決めていました。

学部を卒業して間もない頃は、自分の強みを探すために与えられた仕事を頑張っていました。上司からいろいろやれと言われている仕事をやってみることで、ここは得意かなとか、こちらは不得意かなということを探して、得意分野で突き抜けていくということに集中していました。突き抜けると重要な仕事も任されるようになってきて、起業に向けた環境が整ってきました。与えられた環境の中で、まず上司を越えていく、絶対負けないと一人ずつ戦いに行っていましたね。いまの学生の皆さんはどうでしょうか。今回は若い人たちについて知れる機会をいただいたので、いいなと思って探索しています。私は若い時には現場で修羅場をくぐった方がいいと考えています。なぜなら修羅場をくぐることで経営が少し見えてくるからです。そういう経験をせずにいきなり投資サイドに行ってしまうと、たぶん数字にずっと縛られて、結局は業績を上げていかなければならず汲汲としてしまい、そこで疲弊していくというのを何人も見ています。その前に事業会社側で経験してみることで、自分はやはりファイナンス側に回ったほうが良いかなど、自分の能力を生かせる場所を見つけることができると思います。長期的には自分の儲けだけではなくて、社会的な貢献というところのバランスを取りながら、役割を担っていけるような人材になれるのではないかと思います。

編集後記

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アバントグループでは、例年「富士登山競走」の協賛をされています。このトレイルラン(山岳マラソン)は入念な準備に加え、強靭な気力・体力・精神力・判断力が求められる過酷なスポーツですが、心身の健康を導き、困難に挑戦し続ける愉しさを教えてくれます。このレースを応援する理由は、「心身の健康」と「困難への挑戦」を重視するアバントグループを象徴するようなスポーツであるという考えからです。また日本一の高い山に挑むという困難に挑戦する人たちを応援したいとの想いもあるそうです。アバントグループの決算は6月ですが、7月に開催される富士山の0合目から山頂までを駆けあがる「雲上のゴールに挑む日本最高の山岳レース」は、会社の新年度に向けての神事としての意味もあるそうです。森川氏は、「最初は仕事が大変だったので、心を整えるために山に登り始めたんです。これがトレイルラン(山岳マラソン)の最初のきっかけですね」と、笑顔で話されました。会社のHPには、素晴らしい山々の写真がカレンダーとして掲載されています。
(壁紙カレンダー:https://www.avantgroup.com/ja/corporate/calendargallery.html

森川氏ブログ「THE RUNNING 走ること 経営すること」:https://blog.runavant.com/