「スタートアップとIPOの理論と実務(みずほ証券寄附講義)」(夏学期)~起業・IPOの知見獲得を目指して

2024/09/05

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商学部では、2024年度夏学期に開講した「スタートアップとIPOの理論と実務(みずほ証券寄附講義)」において、学外の有識者や実務家のゲスト講師を交えた講義を行いました。

全7回の講義の前半では、担当教員である安田行宏教授から日本経済の新陳代謝の必要性について、代表講師のみずほ証券株式会社 企業公開第一部・二部部長兼イノベーション企業戦略部業務開発室長・須賀宏典氏からは、大企業とは異なるスタートアップの経営戦略やIPO(新規株式公開)実務など実践的な解説がありました。講義後半では経済の新陳代謝を促す意味では欠かせない事業再生に関わる法律について、同志社大学大学院司法研究科 中西正教授からお話いただいたほか、須賀氏のコーディネートにより実務家のゲスト講師をお招きし、実際のスタートアップ企業代表者としてウェルビー株式会社 大田誠代表取締役社長と、長年に渡り金融業界で活躍されている中村康佐氏(元みずほ証券株式会社会長、元メリルリンチ日本証券副会長(バンクオブアメリカ)、現One Investment Management日本代表)から学生たちへの熱いエールをいただきました。

ここでは、それぞれの講義の一部を紹介いたします。


安田行宏教授(本学商学部)~日本経済の新陳代謝を促し、スタートアップにより活力を高める

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日本では、コロナ禍でのゼロゼロ融資により民間の融資残高が20兆円も急増し、42兆円に達しました。それにより一時的に倒産件数が低く抑えられましたが、その後の正常化に向けた環境変化の中で、銀行融資や補助金によって延命されたゾンビ企業の問題が顕在化しています。この問題の本質は、一部の企業が過剰な安売りなど無理な戦術を取ることで周辺の健全企業までもが消耗戦を強いられることです。日本では倒産は負のイメージが強いですが、法律の下で経営者の個人資産は守ることはできますし、事業性自体に問題がなければ会社を更生する道を探ることもできます。こうした環境整備は、ゾンビ企業の市場からの退出を促すだけでなく、これから起業にチャレンジしようとする人にとってはハードルを下げることにもつながります。

最近は事業承継も大きな問題となっています。中小企業経営者の平均年齢は現在60~70歳代。今後、人口が減少する中では、現状維持ではむしろマイナスになるということを考えれば、今こそ日本経済は新陳代謝を促し、民間の活力により、ゼロサムではなく経済のパイを拡大させるための取組みを進めていくことが必要です。

須賀宏典氏(みずほ証券株式会社 企業公開第一部・二部部長兼イノベーション企業戦略部業務開発室長)~大企業とは異なるスタートアップの経営戦略

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日本においてのIPOは、1000社に1社という非常に狭き門となっています。またスタートアップ企業にとっての資金調達の手段であるエンジェル投資家やベンチャーキャピタルからは将来の成長性を問われますが、IPOではその事業計画の確からしさや内部管理体制の精度等がより厳しく審査されます。スタートアップの戦略として、大企業にはないニッチ戦略や模倣できないような経営資源の活用が考えられますが、市場が大きく動く中ではいずれもそれだけでは十分ではなく、行動自体がダイナミックになる必要があります。スピード、環境変化への適応力、ビジネスの組み換え能力が問われます。

また、独自のビジネスモデルを構築する必要があります。例えば、アマゾンやフェイスブックのように、必ずそこを通さないといけないようなハブやインフラ、プラットフォームとしてのビジネスモデルは極めて強力です。また、特許によるオリジナル商品の確立や、参入障壁を作り独占的なポジションを狙うことも考えられます。その上で収益の拡大スピードを見定め、経営指標を構築し、開示できるように準備します。

IPOまでには2年以上の準備期間が必要であり、さらに投資家は将来の継続的な成長を求めるので、長期視点での市場予測や規制の動向に目を配る必要があります。本講義のような機会を通じてこうした経営リテラシーを事前に学ぶことは大いに有意義です。

中西正氏(同志社大学大学院司法研究科教授)~倒産・事業再生を正しく知る

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経済は新陳代謝により活力を得ることができますが、倒産・事業再生はそのための重要な手段です。一言で「倒産」と言ってもいくつかのシナリオがあります。1つは自主再生で、同じ経営者が新しいやり方で会社を再生させることです。2つ目はスポンサー型で、事業は別企業に譲渡され再生の道を歩み、残った企業は、事業譲渡の対価から借金を返済した後、清算されます。3つ目は、解体・清算です。会社は破産し、資産は解体・売却されますが、売却された資産は新たな所有者・事業の下で新たな価値を生むことが期待されます。経営の見直しに着手するタイミングにより、言い換えれば、事業の傷み方が浅い順に、シナリオは1から2へ、2から3へと移行していきます。

事業再生の手順としては、まずは債務者自身がデューデリジェンスを行い、その結果を債権者に報告した上で、債務者・債権者が協議して、シナリオ1、2のいずれかを決めます。自主再生のシナリオ1では、債務者の事業を再構築して収益力の向上を図ります(事業再構築)。その上で、債務を、向上した収益力で十分支払える程度に圧縮します(財務再構築)。例えば、返済期限を猶予したり、債権放棄をしたり、債権の株式への交換や劣後債の発行という手段もあります。シナリオ2のスポンサー型やシナリオ3の破産にも定められたルールがあります。このように正しく倒産を知ることは、債権者が被る損失を予め想定していたルール通りに抑えることになりますので、倒産を恐れず、何度でもチャレンジできる風土を作ることにつながります。

※ 投資を行うにあたって、投資先の価値、リスク等を調査すること。

大田誠氏(ウェルビー株式会社代表取締役社長)~起業、上場、そしてMBO

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私が初めて起業したのは、バイオベンチャーの会社でした。その会社を退社したのち、別の会社を経て、2011年、ウェルビー株式会社を設立し、現在に至っています。ウェルビーは、障害者福祉事業として一般就労を希望する障害や難病のある顧客を対象に職業訓練や求職活動に関わる支援などを行っています。この事業をどう思いついたかというと、以前のバイオベンチャーで携わっていた医療に近い福祉領域であることと、社会的に意義のある仕事をしたいという思いがありました。そこで、関連分野の人にいろいろと話を聞いて回り、役所に行って実際にどのようなサービスがあるのかを調べていく中で、精神障害者の就労支援サービスという事業があることを知り、これだと思ったのです。それまで全く縁のない分野なので一からの勉強でしたが、立ち上げから6年で上場を果たすことができました。ただ、上場するとどうしても目先の利益が優先され、将来を見据えた手が打てず、「本当はもっとやれるはずだ」という思いが強くなってきました。そこで、今年の3月にMBO(経営陣による買収)を行い非公開化という道を選びました。

起業、上場、そしてMBOを経験してきた中で、組織運営やリーダーの立ち位置といった学びを得ましたが、皆さんに一番お伝えしたいのは、ビジネスをしていく上では相手とWin-Winの関係を築くことが大切ということです。そのためにはGive&Takeにおいて、まずGiveから始めるということを心に留めてこれからのキャリア人生を進んでいってください。

中村康佐氏(元みずほ証券株式会社会長、元メリルリンチ日本証券副会長(バンクオブアメリカ)、現One Investment Management日本代表)~昨日と今日、今日と明日は全く違う世界に生きる

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現在、世界は圧倒的な金余りの状況にあります。これはリーマンショック以降の現象で、世界中でマネーが行先を探しています。かつて起業家が開業資金を集めるためには銀行からの借入しか手段がありませんでしたが、今日ではベンチャーキャピタルやプライベートエクイティ、プライベートクレジットという選択肢もあります。ハイリスク・ハイリターンを求めるこれらの存在も金余りを背景にしたものですが、起業しようとする人にとっては良好な環境が整ってきています。

ただ、金余りで大きく膨れ上がった金融市場は、時に政治をも動かすようになっています。英国ではトラス首相が大減税策を発表したことでマーケットが混乱し、英国国民の民意を受けて当選したはずの首相が、英国人以外の参加者の方が多い金融市場からの圧力に屈し、就任から2カ月で退陣に追い込まれました。ここでは善悪の議論はしませんが、「1人1票」という民主主義の世界から「1ドル1票」という資本主義の世界へと変わろうとしているのです。このように、皆さんがこれから経験する世界は、ものすごい勢いで変化する世界です。昨日と今日、そして今日と明日は全く違う世の中であると考えるべきです。厳しい局面もあると思いますが、同時に多くのオポチュニティもあります。そうしたオポチュニティを自身の手でつかむためにも常にアンテナを高くしてください。