2024/10/09
「スペシャル・トーク」シリーズは、一橋大学大学院経営管理研究科の教員・研究者が自身の研究テーマや共通のトピックについて一橋の卒業生・修了者と語り合う企画で、研究の意義や最新の研究内容を分かりやすく解説するとともに、対話を通じて社会へのメッセージを発信します。
今回は、本学の安田行宏教授と藤原雅俊教授が、株式会社ストライク 代表取締役社長・荒井邦彦氏と「スタートアップによる日本経済の再スタート」というテーマについて語り合いました。荒井氏は、本学商学部の卒業生で、1997年に起業し、日本で初めてインターネットによるM&Aマッチングの事業を始めました。今春学期には、「特別講義(スタートアップと資本政策)」(商学部)において代表講師を務めました。
安田:日本では、雇用の7割を中小企業が担っているため、これまで中小企業を守る経済政策が重視されてきました。そのため、日本は世界の中でも企業の参入と退出がかなり低く、中小企業の社長の平均年齢はこの20年そのまま20歳高齢化しています。こうした状況を変えるためにも「新陳代謝」が必要です。経済産業省では、「新陳代謝」を重要な産業政策の一つと位置付けており、特に事業承継を支援する政策を行っています。
藤原:事業承継を円滑に進め、次の世代が新たな価値創造を狙った施策を次々と展開してくれるようになると良いですね。ただ、たしかに世代交代がなかなか進まず、停滞してしまっている企業も見受けられます。事業承継を目的としたM&Aというのは、この状況を打破する有力な手段になりうると思います。
荒井氏:はい、当社では、事業承継のためのM&Aを扱っていますが、残念ながら高齢の経営者の中にはもう成長を諦めている人もいますね。
安田:荒井さんからご覧になって、本当に社内に後継者はいないものですか?実は、経営者が手綱を離したくないだけなのではないか、という見方もあるのですが。
荒井氏:社員が100人もいて、売上もそれなりに上がっている場合、社長一人ですべてできるわけではないので、優秀な中堅社員が必ずいるはずなんです。しかし、そうした能力がある人は、その経営者にとっては恐怖でもあります。後継者になり得る人のことを、見えているはずなのに見ないようにして、「アイツは62歳だぞ。まだ若すぎる」などと言う人もいます。結局は自分で後継者不在を作っているとも言えます。
安田:日本において新陳代謝を阻んでいるもう一つの要因として、企業の退出時のペナルティが大きいということも挙げられます。「倒産」と言うと「破産」をイメージする人もいますが、倒産にはいくつかのシナリオがあり、自律的あるいはスポンサー企業を得た上で事業を再生することが可能です。破産の場合は、会社としての存続が不可能で、それまでの事業を売却した後、清算されます。早い段階で事業再生に取り組めば新たな道が開けますが、経営者が抜本的な対策をしないままに財務を悪化させるケースが多くあります。これは補助金などで延命されたゾンビ企業の問題にもつながるのですが、「ゾンビ企業」というワードは、日本から発信された新たな用語として世界で通用するようになってしまいました。コロナ禍により世界各国でゾンビ企業を延命させたために、最近では国際的にバズワードになりつつあります。
かつて人口増加を背景に経済成長を実現していた時代を経験している世代は、何もしなくても生活は良くなりましたが、これからは何もしないと状況は悪化する時代になっていきます。これはピンチなのかチャンスなのか、捉え方は人によりますが、スタートアップにとってはチャンスなのではないでしょうか。
荒井氏:現在、スタートアップが注目されている背景に、ここ20年くらいの金融市場の大きな変化があるのではないかと考えているのですが、いかがでしょうか?
安田:経済学の観点からすると、90年代の銀行危機が日本経済の転機で、企業と銀行の関係が大きく変わってきました。企業は自己防衛的になり、かつては日本発の学術用語ともなった「メインバンク」の評価も変わりました。実質無借金経営が増え、投資が低迷したため、銀行は融資先がないという状況になったわけです。しかし、東日本大震災やコロナ禍などを経て金融市場には大量のマネーが供給されていて、それらが行先を求めて、旺盛な資金需要のあるスタートアップに向かったという面はあると思います。
荒井氏:確かに、銀行は今や「お願いですからお金を借りてください」という立場になり、そうした流れの中でここ数年はスタートアップが脚光を浴びてきました。しかし、足下では金利が上がり始めていて、私は、これからは環境が変わってくるかもしれないと警鐘を鳴らしているところです。金利が上がるとM&Aにとってはマイナスになります。特に銀行による買収側への貸出審査がより厳格となることが予想されます。すると、買収価格も伸びず、ディールが成立しない可能性もあります。とは言え、長期的に見ればプラスの面もあり、企業が規律を取り戻すことで新しい芽が出てくるかもしれません。時間はかかると思いますが、プラスにしていく努力が必要ですね。
安田:スタートアップ企業の中にそうした変化への気づきは感じられますか?
荒井氏:先日、あるスタートアップの経営者が、デットでの資金調達についてプレスリリースをすると言っていましたが、私はそれに違和感を持ちました。最近は、プレスリリースで調達金額の大きさを競うような内容が見受けられますが、デットファイナンスは借金なので、要するに「こんなに大きな借金をしました」ということを宣伝するようなものですよね。米国でも「ベンチャーデット」が増えているようですが、要は借金です。エクイティファイナンスも同じで、出資者は2倍3倍にして返してもらえるから出資しているのです。経営者にとっては、デットは条件通りに返す、エクイティは期待通りにリターンを上げる責務があるお金を調達したのであり、その責任の重さを考えれば、その金額の大きさを競ってプレスリリースするということにはならないのではないかと思うのです。
藤原:社長としての厳しい責任感が感じられる言葉ですね。
荒井氏:社長の責任という意味では、最近読んだ本に「なぜ電柱が高いのか、なぜ郵便ポストが赤いのか、なぜ夏は暑いのか、なぜ冬は寒いのか。これ全部社長のせいだから」という経営コンサルタントの故一倉定氏の言葉が載っていて、私にとっては衝撃的でした。これは、夏が暑いから物が売れないというのではなく、どんなことでも社長の責任だという気概が経営には必要だという意味です。社長が持つべき覚悟のようなものを明確に言葉で突き付けられた思いでした。もう少し若い時期にこの言葉と出会いたかったと思っています。今では、若い世代の起業家たちにも伝えています。
安田:経済環境や社会の動向は言い訳にはならないということですね。
荒井氏:私の持論ですが、向かい風というのは風に向けて顔を向けているから向かい風になっているだけで、背中を向ければ追い風のはずです。例えば人口減も同じで、悲観するのではなく、その中で何ができるだろうかと考えればいろいろアイデアが出るでしょう。ただその際に、社会課題の解決のためとか、計算上の市場規模を見込んで起業を目指すという人もいますが、私自身は、起業は「おもしろい」という強い思いが大切で、そうした熱意がチャンスを引き寄せると思っています。私もM&Aの仕事を始めたのは、大きな金額の案件をまとめ上げていくというのがカッコいいと感じたからなんです。情熱をもって一歩を踏み出すスタートアップを応援したいですね。