2025/01/09
2024年11月22日、本学インテリジェントホールにて、第55回一橋祭 卒業生講演会企画「日本製鉄会長と語る、一橋と未来」というテーマで、橋本英二氏をゲスト講師としてお招きし、ご講演をいただきました。
橋本氏は、日本製鉄株式会社代表取締役会長兼CEOで、本学商学部の卒業生です。そこで後半には、現役の学生も登壇し、働き方や仕事への向き合い方について、橋本氏に直接質問し、お答えをいただくユニークな企画がありました。当日は一橋祭ということもあり、現役学生のほか、卒業生や一般の方などたいへん多くの方の来場がありました。
「日本製鉄会長と語る、一橋と未来」
橋本英二氏 日本製鉄株式会社代表取締役会長兼CEO 本学商学部1979年卒
私の一橋生時代の思い出は、まず一つ目に一橋祭運営委員会の委員長としてがんばったこと、もう一つは約70日間のASEAN(東南アジア諸国連合)とインドへの一人旅ですね。インドネシア、マレーシア、フィリピン、シンガポール、タイなどの国々がこれから工業国になっていくのか、この目で確かめたいと思いました。とくにインドで過ごした40日間は、私に考える機会を与えてくれました。この貴重な旅の経験が、グローバル企業として会社を成長させたいと思う一つのきっかけとなりました。
新日本製鐵(現日本製鉄)に入社して最初の4年間は、岩手県の釜石市に配属になり、現場の人事の仕事を担当しました。次の仕事は営業をやりたくて、「営業に出してもらえなければ会社を辞める」と人事課長へ直談判に行ったくらいです。最初の担当はトヨタ自動車で、なかなかタフな交渉もたくさんありました。
私が入社した1979年は、新日本製鐵が製造業で飛び抜けて大きく、売上もトヨタの3倍はありました。ところが、その後鉄鋼の内需がピークアウトして、徐々に低成長に陥った一方で、トヨタ自動車はぐんぐん成長していったわけです。交渉においても、冷静に双方の主張を考えると、新日鐵は価格を守ることを目的に理屈を考えていたのに対し、トヨタ自動車は「自動車メーカーとしてさらに発展するために」という考えの下に意見をされており、そんなトヨタ自動車の方が主張していることは真っ当だと感じていました。この経験から学んだことは会社の成長というのはとても大事で、成長しない会社はやはりどこかおかしくなっていくということでした。
90年代に入ると、輸出部長として北中南米、中東、アフリカの市場開拓を進めました。そこで思ったのが、「世界は広い」ということです。鉄鋼産業はもう成熟産業だと言われていましたが、それは日本の話であって、世界で見れば、鉄はどんどん伸びていました。このときの経験から、これはグローバルでないといけない、ということを身にしみて感じました。そこで、30歳の時にはハーバード大学のジョン・F・ケネディ行政大学院(John F. Kennedy School of Government)に留学して国際戦略を学ぶことになります。
2019年の4月、社長に就任しました。当時の会社は財務的にたいへん厳しい状況でしたが、いろいろな構造改革に着手しました。やるべきことは合理化ではなく、やはり「会社の成長」です。成長するためには投資が必要ですが、儲かっていないのに投資だけすることはあり得ません。そこで「思い切った選択と集中」を実行しました。まずは、たくさんある製鉄所をまとめていくというところから始めました。
製鉄所の数が多いというのは、良い面もあれば、悪い面もあります。例えば、日本製鉄では九州に八幡製鉄所と大分製鉄所がありました。しかし、創業以来120年の歴史がある八幡製鉄所の名前を消し、九州製鉄所の八幡地区、大分地区にして、一人の所長、一人の部長が全体を見るように変えました。そうすると、一人の管理職の責任範囲が倍になるので、マネジメントの方法を工夫するようになりました。また、これまでなかったようなシナジーが現場でも起きています。こうした部分最適を全体最適にするというかたちでの、内外での改革を進めてきました。
グローバル展開については、社長になって一年目にインドで製鉄所を買収しました。その当時はまだ十分な資金がなかったので、世界一の製鉄会社のアルセロール・ミタルと一緒に投資しました。その後、経営改革がそれなりの成果を得て、今、アメリカのUSスチールという鉄鋼メーカーの買収に取り組んでいます。
世界一の鉄鋼メーカーに復権するということは、私の悲願です。1970年には、八幡製鉄所と富士製鉄株式会社が合併し、新日本製鐵が世界一の鉄鋼メーカーになりました。それから30年近く世界一にありましたが、世界的な鉄鋼メーカーの再編、中国勢の台頭を受け、徐々にその地位を落としていきました。八幡、富士が一緒になったときは、国の方針や当時の産業社会の要請に基づいて合併したことで世界一になりました。努力をして世界一の座を手に入れたのではありません。しかし今回は、自分たちの戦略と努力で成長し、自らの手で世界一に復権するという意気込みでやっています。
成長して世界一になることに私がこだわる理由は、若い世代の不安をなくしたいからです。経済をはじめ、今の日本には社会問題がたくさんあります。日本の将来は大丈夫か、賃上げも本当に続くのか、少子化対策も本腰なのか。こうした社会不安が払拭されないと、結婚して子どもを育てようということにはならないですし、消費拡大にもつながりません。
私は若い後進に対して責任があります。きれいごとや建前ではなく、私は従業員が一番大事だと考えています。お客様や株主を大事にするためにも、経営者の私の言っていることを理解してくれて、それを一生懸命やってくれる従業員が大事です。
私が社長になってから大きく社員の年収を上げてきましたが、まだ若い人たちはいい車を買おうとか、家を建てようかということにはなっていません。それはまだ社会不安があるからです。それを取り除くために大企業の経営者がやるべきことは、成長にチャレンジをすることです。
海外で稼いで、その利益を日本に還流させて、日本で設備投資を継続・拡大して、潜在成長を取り戻し、賃上げを継続していくということを、見せていかなければいけません。もう一度、世界の頂点を目指すのだという経営者の挑戦を示すことで、日本が元気になることを示したいと思います。社会に対する最後の恩返しとして、必ず目標を達成できると社員を鼓舞しながらやっているところです。