2025/06/17
春学期開講の「消費者行動」(担当教員:松井剛教授)では、5月30日、ゲスト講師としてITO EN(North America)INC.代表取締役社長兼CEO・本庄洋介氏をお招きし、「アメリカで無糖緑茶市場を切り拓く」と題した講義を行いました。「消費者行動」の講義は、日々の消費者行動がどのようなメカニズムで生じているのかを自分で考えるきっかけを提供することを狙いとしており、今回は実務家から異文化における消費者行動とそれに基づいたグローバル・マーケティングについての経験と考え方について伺いました。
本庄氏は、2001年の伊藤園グループの米国市場への本格参入から今日まで経営をリードされており、加えてバイデン政権下で商務長官の諮問委員に指名されるなど、米国での公職にも就いています。今回の講義では、甘い飲料が一般的な米国市場において無糖緑茶の市場を切り拓いてきた挑戦についてお話しいただきました。
ナチュラル志向への追い風をとらえ米国法人を設立、そして米国籍を取得
私は1992年に伊藤園に入社後、98年に南カリフォルニア大学ビジネススクールに留学し、MBAを取得しました。その後2000年に米国での法人設立のためのプロジェクトを立ち上げました。本社からは3年くらいかけてじっくりリサーチすれば良いと言われていたのですが、実際には1年でITO EN(North America)INC.を設立し、事業を開始しました。当時、米国では糖尿病やガンの罹患が増えていて、人々の中で健康志向やナチュラル志向が高まっていたタイミングでした。そうした追い風をとらえるため、短期間で準備を終えて法人を設立。それを機に、私は米国籍を取得することにしました。伊藤園は私の父が創業し、現在の社長は兄が務めています。私のこの決断は家族から大きな反対に合うこととなりました。日本では二重国籍が認められていないので日本国籍を失うわけですが、それでも私は米国法人の代表として米国人となる覚悟を決めたのです。
「お茶は甘い」という常識を変え、新しい飲料ジャンルを作る
米国の清涼飲料市場は、日本とは大きく異なります。2024年の日本の市場規模が約3.8兆円であるのに対し、米国は1700億ドル(約26兆円)でした。ただ、その中の茶系飲料の構成比は、日本の場合は市場の25%を占めている一方、米国はわずか5%に過ぎません。とは言え、金額ベースで見ると、日本の1兆円とほぼ同じレベルの1.3兆円の市場となっており、米国には大きなポテンシャルがあると言えます。
当社が米国で事業を開始した2000年頃は、茶系飲料と言えば紅茶か中国茶しかない状況で、そこに当社は緑茶という新しいジャンルを切り拓く挑戦を始めました。まず商品のネーミングを日本語の「お~いお茶」ではなく、英語の「TEAS' TEA」(お茶の中のお茶という意味)とし、無糖緑茶やジャスミン茶、ウーロン茶のほか、当時は日本にはないチョコレートやバニラ風味のほうじ茶と、レモン風味の緑茶も販売していました。また、ニューヨークの中でも一等地のアッパーイーストにレストランをオープンし、正統な淹れ方の緑茶の提供により緑茶の魅力を伝えるとともに、「世界一高価な緑茶」という話題作りを行いました。
当時のアメリカの人にとって「お茶は甘いもの」というのが常識でしたから、初めて緑茶を飲んだ子どももとてもマズそうな表情をしていたのを覚えています。そんな中、無糖茶を売り込むため、口コミやサンプリングを中心にマーケティング活動に取組み、徐々に手に取ってもらえるようになりました。彼らに「お~いお茶」の好きなところを聞いてみると、味とともに健康性という評価が見られました。一方、嫌いなところとしては高価という面が挙げられます。確かに価格は約5ドル・750円くらいで一般的な飲料の価格から見ると高価ですが、その分、付加価値を付けて健康イメージを打ち出すことにより、マイナス面を補っていく努力をしています。
最近のマーケティング活動としては、メジャーリーグ、ドジャースの大谷翔平選手の起用があります。大谷選手個人だけではなくドジャースとも契約を結ぶことで、CMの中では大谷選手にユニフォーム姿で「お~いお茶」を飲んでもらい、さらにお茶の知名度を上げています。また、人気ゲームプレイヤーが緑茶を「ナチュラルエナジー飲料」や「マインドフルネス飲料」として捉えていて、「お~いお茶」を飲むとゲームへの集中力が高まるという感想を発信しています。こうしたことにも着目して、若い世代へのアプローチを図っています。さらに、世界的に高まる日本のアニメ人気を利用し、全米各地のアニメエキスポ会場で大規模なサンプリングを行う活動もしています。
世界のティーカンパニーを目指す
伊藤園ではマーケティングを「売れる仕組みづくり」と考えています。そのため、マーケティング用語である市場調査は「お客様を知る」に、商品化計画は「お客様に添う」といった具体的にやるべきことに置き換えて実践しています。さまざまな人種が混在する米国において多様なニーズに応えるという経験を生かして、今後はアジアや欧州などでも市場開拓を進め、現在約40カ国での販売を2040年には100カ国以上へと拡大させ、「世界のティーカンパニー」となることを目標としています。
学生へのメッセージ~海外に出て自分を試す
私は、大学卒業後の就職先が決まっていたのですが、就職せずに米国各地を車で旅して2年間を過ごしました。特に英語が得意なわけではなく失敗も多かったのですが、この旅の経験は大変貴重なものでした。皆さんもぜひ海外に出て、自分を試してみてほしいと思います。また、これから何をするか、人にアドバイスを求めることがあるかもしれませんが、「あなたの人生だから最後はあなたが決めること」です。一度しかない人生ですから、ぜひ楽しんでください。