わたしの一冊 一橋大学教員のお薦めの本
第20回 篠沢義勝(経営管理研究科教授)

2025/12/18

秋草鶴次著(2006/12/01)
『十七歳の硫黄島』文藝春秋

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日本にとって2025年は、太平洋戦争の敗戦から80年という節目の年にあたる。そこで、この機会に紹介したいのが秋草鶴次氏の『17歳の硫黄島』(文春新書)である。

本書は、著者がわずか17歳で硫黄島の激戦を生き延びた体験を記録した一冊であり、当時の状況が簡潔で冷静な筆致で綴られている。私が初めて本書を読んだのはイギリス滞在時であったが、帰国後も愛読書の1冊として、自宅と研究室にそれぞれ一冊ずつ置いている。

本書の魅力は、読み返すたびに不思議と前向きな活力を与えてくれる点にある。その力の源泉は三つの要素に集約できるだろう。

まず、一つ目は、著者自身の表現を借りれば「人間の耐久試験」として、筆舌に尽くしがたい極限状況下でも生きながらえた「人間の強靭さ」が克明に描かれていることである。地上の白兵戦や硫黄島独自の地下壕の有様など、生身の人間がこれほどの極限状況に耐えうるのかという事実に読者は圧倒される。

二つ目は、著者が「いかなる文字を並べてもその実情に迫ることは不可能」とする極限状況を読むことで、私たちが日々向き合う仕事や人間関係の「悩み」が相対化される点だ。つまり、私たちの日常の「諸問題」を過度に深刻に考えずに俯瞰的に捉える視点を、本書は与えてくれるのである。

そして三つ目は、平和について変に強調しすぎない構成が見事なことだ。著者は、平和維持への思いを終盤のわずか数行で控えめに述べているに過ぎない。しかし、その抑制がかえって読者の内省を促す。日々の「お悩み事」に振り回される私たちの現在の生活そのものが、どれほどかけがえのない「平和の証」であるのか、という気づきをもたらす効果を生んでいる。

本書は出版から20年近くが経ち、書店の店頭やインターネット書店では残念ながら入手が難しくなりつつある。しかし、古書店で時々見かけることもあるため、機会があればぜひ手に取っていただきたい一冊である。