2026/08/06
商学部では昨年度に引き続き、夏学期開講の「スタートアップとIPOの理論と実務(みずほ証券寄附講義)」において、学外の有識者や実務家のゲスト講師を交え講義を行いました。これは春学期の「特別講義(スタートアップと資本政策)」に続き、スタートアップの経営や資金調達等への理解を深めることを目的としています。講義は全7回で構成されており、担当教員である安田行宏教授(経営管理研究科)とみずほ証券株式会社産業市場調査部ディレクターの小川久範氏がメインの講師を務めました。第5回講義の前半では、ベンチャーキャピタル(VC)がスタートアップ企業を評価する際の視点や、VCを取り巻く環境などについて説明がありました。
後半では、Coral CapitalのFounding Partnerである澤山陽平氏より「ベンチャーキャピタルから評価されるスタートアップの経営戦略」というテーマで、「VCとは何か」という基本的な仕組みから、VCのビジネスモデル、VCがスタートアップ企業をどのような観点で評価しているのか、さらにVCとスタートアップ企業の理想的な関係性まで、豊富な実例を交えながらご講義いただきました。今回はこの講義のTA(Teaching Assistant)を担当した研究者養成コース修士1年の加藤陸夢さんが講義の様子をご紹介します。
VCを取り巻く環境
VCは、金融機関や年金基金などのLP投資家(Limited Partner)から資金を集め、その資金をスタートアップ企業へ投資・運用する会社です。澤山氏らが設立されたCoral Capitalは、特定の業界に限定せず幅広い分野のスタートアップへ投資を行っており、現在の運用総額は約600億円に達しています。LP投資家にとってVC投資は、運用ポートフォリオ全体の約2%程度を占めるに過ぎません。しかし、VC投資は他の金融商品と比較してボラティリティが極めて高いため、LP投資家は年複利15%程度という高いリターンを期待しています。
このような高い期待収益率を実現するために、VCは投資先企業の約5%が60~100倍もの成長を遂げることを目標としています。一方で、スタートアップ企業の多くは創業から10年以内に7割以上が失敗するとされており、澤山氏も「140社に投資しても20~30社がゼロになることは珍しくない」とお話しされていました。その上で、「VCは大きなリターンが期待できる企業へ数多く投資し、その結果として失敗する企業が出ることを前提としている。一方、銀行の場合は融資先が1社でも倒産すると大きな問題になる。この点がVCと銀行との本質的な違いである」と説明されていたことが印象的でした。
VCがスタートアップ企業をどのように評価しているのか~「3つのWhy」というフレームワーク
1つ目は「WHY THIS(なぜこの事業・サービスなのか)」です。既存サービスを少し改善しただけでは競争優位を築くことは難しく、スタートアップには圧倒的な成長につながる独自性や市場を変えるような切り口が求められます。
2つ目は「WHY NOW(なぜ今なのか)」です。同じアイデアでも成功するかどうかは、市場環境やタイミングによって大きく左右されます。技術の進歩、規制の変化、人々の価値観の変化などが、事業が成立する重要な要因となります。
3つ目は「WHY YOU(なぜあなたたちなのか)」です。VCは企業の将来的な成長可能性に投資するため、単なる経歴や実績だけではなく、「なぜこの課題にこのチームが取り組むのか」という必然性を重視していることが分かりました。
また、起業家に求められる資質として、澤山氏は①突き抜けた強みがあること、②戦略的に深く考え抜く力があること、③批判を受けても折れない自信があること、④VCと長期的な信頼関係を築ける誠実さがあること、⑤優秀な仲間を巻き込み組織を大きくできること、⑥ホームランを狙うような大きな目標を掲げられること、の6点をあげられました。
特に「誠実さ」という言葉が心に残りました。澤山氏は、「VCと企業は長期間にわたって伴走する関係だからこそ、味方に対して誠実であることが何より重要である」と強調されていました。また、「想いの強さは言葉ではなく、その想いによってどのような行動を起こせるか」という姿勢にも感銘を受けました。
<質疑応答>
講義後の質疑応答では、VC業界の実情についても多くの興味深いお話を伺いました。まず、「スタートアップ企業をVC同士で取り合うことはあるのか」という質問に対しては、市場のモメンタムが落ちている局面では、有望な少数のスタートアップ企業に多くのVCが集中し、投資競争が激しくなると説明されました。その中でCoral Capitalは、投資先企業の採用支援を強みとしており、約3,000人が参加するキャリアフェア「Startup Aquarium」を通じた人材ネットワークによって、他社との差別化を図っているとのことでした。
さらに、「Coral Capitalのハンズオンの特徴は何か」という質問に対しては、澤山氏が提唱されている「ハンズイフ」という考え方をご紹介いただきました。VCとスタートアップの関係には、深く経営に関与する「ハンズオン」と、必要以上に介入しない「ハンズオフ」がありますが、「ハンズイフ」は、「困ったときにはいつでも手伝う」という中間的な関係性を表すものです。起業家の自主性を尊重しながらも、採用やネットワークづくりなどスタートアップが苦手とする部分では積極的に支援を行い、投資先企業同士の知見共有も促進することで、人材・人脈・知見を提供し、VCとスタートアップ双方にとって良い関係を築くことを目指しているという力強いコメントをいただきました。
加藤陸夢さんコメント
私も「Coral Capitalを立ち上げた社会的意義は何か」という質問をさせていただきましたが、それに対して澤山氏は、「自らの力で埋もれた企業を発掘し、社会に大きなインパクトを与える企業へと育てたい」という想いを語られました。また、アメリカでは日本の製造業の技術力に対する期待が高まっており、今後はアメリカ企業と日本企業をつなぐ架け橋となることが、Coral Capitalの果たすべき役割ではないかという考えも示されていました。
VCは、そのような将来的に社会へ大きなインパクトを与える可能性を持つ企業に投資し、その成長を支えています。こうした企業が増えることで、新たな産業や雇用が生まれ、日本経済・社会全体の活性化にもつながると考えます。澤山氏がおっしゃっていた「社会に大きなインパクトを残せる企業を育てたい」という言葉には、このようなVCの社会的な役割や存在意義が込められているのだと感じました。
今回の講義を通じて、VCがどのような役割を担う存在であり、どのような観点からスタートアップ企業を評価しているのかを具体的に理解することができました。また、澤山氏がVCを通じて社会にどのような価値を生み出そうとしているのかについても学ぶことができ、これまで漠然としていたVCの役割や意義への理解が深まりました。