2026/10/19
7月31日、株式会社協同商事 COEDO Brewery(以下COEDO)代表取締役社長・朝霧重治氏による講演が行われ、本学経営管理研究科・松井剛教授がホストを務めました。本講演は、サステナブル・ファイナンスをテーマとする国際コンファランスの一環として行われたもので、COEDOが拠点を置く埼玉県川越市の会場には約30名の国内外の金融研究者が集まりました。
講演では冒頭に松井教授から、「サステナビリティはもはや一時的なトレンドではなく、社会や消費者、そして金融セクターにとって不可避な課題として真剣な取組みが求められている。COEDOは、そうした循環型ビジネスをさまざまな視点から追究する好例となっている」との紹介がありました。その後、朝霧氏より、サステナブルなビールづくりを実現するためのビジネスモデルや戦略などについてお話がありました。ここでは、朝霧氏の講演を抜粋してお伝えします。
朝霧氏は一橋大学商学部の卒業生で、現在は一橋大学の経営協議会委員も務めています。
朝霧氏講演
農業からビール、リサイクルまでをつなぐ「Farm to Glass」
COEDOは、協同商事株式会社が展開するクラフトビールブランドです。協同商事はもともと有機農業を専門とする商社として設立され、長年にわたり化学農薬や化学肥料に頼らない農業を推進してきました。約30年前にクラフトビール事業へ参入し、現在では日本を代表するマイクロブルワリーの一つに成長しています。
COEDOのサステナブルなビールづくりの根幹にあるのが、「Farm to Glass」という考え方です。これは、農業、食品生産、醸造、リサイクル、流通を一つにつなぎ、地域の中で資源を循環させる仕組みです。現在、COEDOのクラフトビールは30カ国以上に輸出されています。
そのビジネスモデルは、「Impact & Governance」「Global Quality」「Growth & Innovation」の3つの柱から構成されています。「Impact & Governance」では、環境・社会への取り組み、ガバナンス、説明責任など約200項目について厳格な審査を受ける国際認証「B Corp認証」を、日本の酒類製造企業として初めて取得しました。「Global Quality」では、2026年のAustralian International Beer Awards(AIBA)で「Champion Medium International Brewery」に選出されました。世界から2,200を超えるビールが出品された同大会で、COEDOは6つのメダルを獲得しています。また「Growth & Innovation」では、事業成長や生産性などの観点から将来性のある中小企業を選ぶ日本政府の「はばたく中小企業・小規模事業者300社」(英語:METI 300 Small and Medium Enterprises)に選出されています。
廃棄物を「資源」に変える循環型システム
「Farm to Glass」の特徴は、ビールづくりで生じる副産物や廃棄物を、地域の中で再び資源として活用していることです。COEDOでは、醸造の過程で発生する麦芽かすを100%地域の畜産農家に提供し、牛の飼料として活用しています。また、醸造所から出る排水はバイオガスプラントで処理し、メタン発酵によってエネルギーを生み出します。その際に残る有機汚泥はバイオマス肥料へと加工され、農地へ戻されます。こうして、従来であれば産業廃棄物として処理されていたものを、飼料やエネルギー、肥料といった新たな資源へと転換しています。
この循環型モデルは、環境面だけでなく、経済面・社会面でもメリットを生み出しています。廃棄物や温室効果ガスの排出量の削減に加え、年間約400万円に上る廃棄物処理費を削減することにもつながっています。これまで「コスト」だったものを、新たな価値を生み出す資源へと転換しているのです。埼玉県の食品循環経済に関する補助制度の支援も受け、汚泥の脱水設備を導入しました。これにより、汚泥の水分を大幅に減らすことで、安全なバイオマス肥料として自社での使用または地域の農家に提供できるようになりました。
また、自治体や金融機関との連携も重要です。政府の補助金や助成金によって循環型経済のための設備導入を進め、地域の金融機関からは農業や事業拡大に対する融資を受けています。地域の農業と製造業を結びつけることで、持続可能な地域経済の構築を目指しています。
耕作放棄地を生かす「再生型農業」
COEDOの農業分野での取組みは、環境を維持する従来型の有機農法だけでなく、土壌の健康や生物多様性を積極的に改善していく「リジェネラティブ農業(再生型農業)」を推進しています。化学農薬や化学肥料を避けることで、土壌中の微生物の多様性を守り、より持続力のある農業システムの構築を目指しています。
さらに、国内の農業やサプライチェーンを強化するため、大麦畑を約1,000ヘクタールまで拡大することを目指しています。その対象には、現在十分に活用されていない農地や耕作放棄地も含まれます。日本では、農家が農地を手放したり、耕作をやめたりすることで、耕作放棄地が増加しています。一方、相続した農地は、家族の歴史とのつながりから売却されず、そのまま利用されないケースもあります。COEDOは自治体と連携し、こうした農地を大麦や小麦の生産に活用する方法を模索しています。大麦や小麦は比較的労働負担が少なく、肥料を施して種をまけば、およそ半年後には収穫できます。地域に眠る農地を有効活用する作物として期待されています。
また、消費者に農業と環境のつながりを伝えることも重要な社会的使命と位置付けています。有機食品を扱う店舗などを通じて、農業、土壌の再生、消費、サステナビリティの関係を発信しています。商品が生まれる背景を知ってもらうことで、その価値を理解し、購入を通じて取り組みを支えてもらうことを目指しています。
職人の技とAI・IoT、そして日本の伝統技術
COEDOでは、伝統的な醸造技術と最新のデジタル技術を組み合わせたイノベーションにも取り組んでいます。熟練した醸造職人が長年の経験から身につけた「暗黙知」は、企業にとって重要な財産です。COEDOはNECとの共同開発を通じて、こうした知識をデジタル技術によって記録・共有し、活用する取り組みを進めています。
さらに、日本酒などの醸造に古くから使われてきた「麹」に着目した、新たなビールづくりにも挑戦しています。一般的なビール醸造では、麦芽に含まれる酵素によってデンプンを発酵可能な糖へ変換しますが、日本では麦芽の多くを輸入に頼っています。一方、麹にもデンプンを糖へ変換する酵素を生み出す働きがあります。そこでCOEDOは、伝統的な日本の発酵技術をビール醸造に取り入れることで、国産の大麦や小麦を活用し、輸入麦芽への依存を減らす可能性を探っています。これは、約200年前に日本へ伝わったビール醸造という技術に、日本独自の発酵技術を組み合わせ、新たなビールづくりへと発展させる試みです。
質疑応答
質疑応答では、COEDOの循環型経済への取り組みが、企業としての信念から生まれたものなのか、それとも競争優位のためなのかという質問など、同社の理念と戦略について高い関心が寄せられました。
朝霧氏は、両方の側面が重要だと説明しました。近年、日本国内だけでなく海外でも、若い世代を中心に倫理的な消費や循環型経済を重視する消費者が増えています。また、原材料を国内で生産することは、コスト管理の面でもメリットがあります。特に円安の局面では、国内で原材料を確保する意義は大きくなります。
COEDOは、大手ビールメーカーと価格で競争するのではなく、品質や独自性、商品の背景にあるストーリーを価値として提供しています。350ml缶で約300円と、大手ブランドのビールより高い価格帯に位置するプレミアム・クラフトビールとして、独自のブランドを築いています。世界的なビールコンペティションで高い評価を獲得していることも、そのブランド価値を支えています。
COEDOの事例が示しているのは、循環型経済は単なる環境対策ではないということです。農業、醸造、リサイクル、流通を一体化することで、環境面だけでなく、経済的・社会的な価値を生み出すことができます。そして、その価値を商品の品質やブランド力につなげることで、企業独自の競争力を生み出すことも可能になります。
COEDOが進める「Farm to Glass」は、地域の農業とものづくりをつなぎ、廃棄物を資源として循環させながら、世界へ商品を届ける取り組みです。サステナビリティを企業活動の「付加的な取り組み」としてではなく、事業そのものに組み込むことで、持続可能な社会と企業の成長を同時に目指しています。