商学部長の挨拶

商学部長の挨拶

1875年(明治8年)、「商法」(商業の「方法・手法」)を学ぶ場として「商法講習所」が、東京の銀座尾張町に開設されました。渋沢栄一や森有礼など、明治期に日本社会のアーキテクチャー(基本設計) を創造した人々が、「これから日本の経済・産業を発展させていく上で、近代的な企業経営・商業・企業環境を体系的に学ぶことが不可欠だ」という認識の下に、現在で言うビジネス・スクールとして設立したのです。商法講習所はその後、東京高等商業学校、東京商科大学へと発展し、現在の一橋大学に至っています。このような伝統を継承する一橋大学商学部は、日本の企業と経済社会を内側からダイナミックに駆動する人材を多数世に送り出し、また実学をベースとしつつ深い学問へと昇華する活動に従事してきました。

設立からすでに140年余りが過ぎましたが、一橋大学商学部は今もなお、自らが担うべき重要な使命を果たす努力を続けています。情報技術の発達や国際分業の進展、科学技術と産業界の密接な結びつき、制度や規制の国際的調和など、今日の産業社会は複雑化して高度な知識社会化が生まれ、ますます将来を見通すことが難しくなってきています。このように複雑化・不確実化が進み、変動が激しくなっている中で、わが国のみならず、アジアや世界の持続的経済発展を実現していくためには、高い使命感と倫理観、客観的な分析力、深い洞察力を兼ね備えた人材が必要です。一橋大学商学部は、日本と世界の経済発展と社会課題の解決に貢献しようという高い使命感とそれを支える倫理観を喚起すると共に、そうした貢献の土台となる透徹した分析力と深い思考力・洞察力を養うことを重視した教育を提供しています。長期的な視点をもち、世界の本質を見失うことなく、経済社会を内側からエネルギッシュに動かし変革していく人材を育てることが一橋大学商学部の目標です。そのような人々に提供する知識を常に新たに生み出すための研究も活発に行っています。複雑化する知識社会の中で、その本質を解明する高度な研究と、その研究成果を基盤に置いた高度な教育とを車の両輪として、日本と世界に貢献していくことこそが一橋大学商学部の使命なのです。

一橋大学商学部では、経営学・会計学・金融論・マーケティングなどの領域で高い「専門性」を身につけるのはもちろんのこと、一生涯を通じて高い志と深い思考力を備えて生きていくための「教養」を身につけるカリキュラムが用意されています。特に重視しているのが、少人数のゼミナール教育です。大学入学直後から4年の卒業時まで、常にいずれかのゼミナールに所属して、優れた教授陣と少人数の学生が直接対話を繰り返します。そうすることで、「経済社会に関して深く思考するということはどういうことか」を身体にしみこませていくのです。現実的な問題と抽象的な理論との往復運動を何度も繰り返しながら、学生たちは、自分で課題を発見し自分でものを考える力を身につけていきます。まじめに4年間を費やした学生たちの成長は素晴らしく、驚くほど高水準の分析力・思考力を身につけて卒業していきます。なお、成績優秀層には、学部4年間とプラス1年間の追加で、学士号と修士号を取得できる5年一貫プログラムも用意されています。また2013年度からはグローバル人材の養成を目指した渋沢スカラープログラム(SSP)を開設しています。このプログラムでは、グローバルに活躍するビジネス・パーソンに必要な能力やマインドセット、コミュニケーション・スキルを備えた人材の育成を目指しています。

一橋大学商学部は、優れた研究者であると同時に優れた教育者でもある人材を集め、教授陣が常に新しい知識を生産する高度な研究に取り組める環境を提供しています。教授陣が高度な研究に従事して新しい知識を生産し続けることは、それ自体でも日本と世界に対する貢献になりますし、またその新しい知見を通じて人材育成も活性化されることになります。その意味で、この研究活動とそれを遂行する能力こそが、一橋大学商学部のコア・ケイパビリティであると言っても過言ではありません。

どのように教養的に見える学問も、じつは非常に高度なテクニックやスキルに支えられている側面があります。同様に、一見、スキルやテクニックのように見える学問にも、きわめて高度な教養的側面があります。商学や経営学の領域は、中身を知らない人たちからは、ビジネスのための手段、スキルやテクニックの体系、のように思われるかもしれません。しかし、われわれ一橋大学商学部は、ビジネスの方法とともに、その背後にある論理はもとより思想・哲学までをも研究対象とし、その成果を教育の場で学生に還元することを常に心がけています。われわれが目指す人材は、すぐに役立つ知識のみを追求する近視眼的な合理主義者ではなく、透徹した深い洞察力と熱い心、高い志をもって、世界の荒波の中で経済社会と企業を適切な方向に導く指導者、つまりCaptains of Industryなのです。

2019年1月
一橋大学 商学部長
田中 一弘